京町家の歴史

京町家のご紹介

京町家の歴史

商屋の京町家

商屋の京町家

創業者「大西常次郎」によって建てられた「商家の京町家」。
扇商として全国各地の取引先と商売をする一方、休日には仲間と一緒に能の謡や浄瑠璃を嗜む。
商売の拠点であると同時に、文化や人が集う場所でもありました。

そこには、訪れた人をもてなす仕掛けがありました。
運転手やお供を待たせる「供待ち」、
客人を茶の湯でもてなす「茶室」、
四季の移ろいを楽しませる「庭」・・・。

訪れた人すべての五感を楽しませる、もてなしの邸宅です。

古から続く祇園祭

店に面した松原通はかつて「五条大路」と呼ばれ、清水寺に通ずる大きな通りでした。かの有名な弁慶と牛若丸が出会った橋「五条橋」は、松原通にかかっていたものだといわれています。

今日の五条通といわれる道は、松原通から二筋南にある国道1号線ですが、これは豊臣秀吉による京都大改革の際に変更されたものです。

この松原通を堺にして、北側が八坂神社、南側は伏見稲荷神社の氏子。よって、昭和の始め頃までは、祇園祭の山鉾巡行と稲荷祭の還幸祭、両方の巡行を見られる唯一の通りでした。
また、店の二階の窓は、囃子方と会話ができる高さで造られております。特に、祇園祭りの山鉾巡行の日には、店にたくさんのお客さんがおいでになり、二階の窓から鉾の囃子方に粽をねだったといいます。

山元春挙

日本画家からの贈り物

かつて、旦那衆の嗜みは能の謡や浄瑠璃が必須でした。
創業者 常次郎も仲間と共に、謡の稽古に勤しんでいたといいます。
そんな謡仲間の中にひとりの絵師がおりました。
その夜も、皆で謡や酒を楽しんでおりました。
そんな中、絵師がふと目にしたのは近くにあった金屏風。
「今から、この屏風に即興で絵をかいて差し上げましょう。」

山元春挙

彼は手元の手ぬぐいを墨に浸したものを筆に見立て、
金屏風の前に座りました。
そうして、金屏風の中にあらわれたのは、
金の池を優雅に泳ぐ鯉と風にたなびく竹。
常次郎に贈られたこの品は、今もなお、優雅に座敷を彩っています。

源氏物語 登場人物「夕顔」ゆかりの地

可憐で、儚い夕顔の花。
源氏物語の中に登場する夕顔の君は、大西常商店のある松原通に住んでいたとされます。

ある夕方、光源氏がある家の垣の夕顔を見ていたところ、
その家の使いが、白い扇に夕顔を乗せて持ってきました。
光源氏は、紙燭を近づけて扇を見ます。

心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕がほの花
――――あなたは光の君様でしょう、と興味を寄せる歌です。

大胆な歌。上品な筆跡。焚き染められた香の匂い。美しい白い手を思わせる、白い扇。
光源氏は、次第に夕顔の可憐さに心を奪われていきます。

京町家の特徴

京町家の特徴

うなぎの寝床

昨今、増えてきている「京町家」のお店。
本来の京町家とは、その場所に住み、商売を営んでいる「職住一体型住居」だといいます。
かつての京都ならではの風習や気候に則ってつくられた邸宅です。

例えば、「うなぎの寝床」と揶揄されるほど細長い敷地。
かつては間口の広さで課税されていたため、なるべく間口を狭くしていたといいます。また、この細長い敷地をうまく利用して、上客には奥の間へ案内し、茶の湯などの接待をしたとも言われています。
うなぎの寝床の深部、ほのかに灯る行燈、旦那衆の声。どんな内緒話が交わされていたのでしょうか。

うなぎの寝床

茶室「常扇菴」

茶室「常扇菴」

見事な松林が並ぶ通りだったという「松原通」にひっそりと建つ、一棟建ての小さな茶室です。

「松風の音」
千利休は、釜の中でお湯が沸く音をこう表現しました。

にじり口の向こう側は、周囲の喧騒を忘れさせる静かな空間です。
気ぜわしい日々の暮らしをすり抜けて心静かに耳を澄まし、当時の情景に想いを馳せてみる。
松林に吹き渡る風の音が聞こえてくるでしょうか。

茶室をレンタルスペース
としてご利用頂けます。


下 壱一五六番

至る所に施された竹細工

伴待や玄関、坪庭に使われている竹細工。
木賊張りといわれる工法でつくられた竹垣は、一寸の隙間もなく、竹を組み合わせてつくられています。
釘を一本も使わず作られた竹垣は、まさに匠の技。
当時の大工さんたちの技術力の高さが垣間見えます。

下 壱一五六番

見世の柱に架かる古めかしい木札。
電話番号が書かれたものです。

初期のものは金属で作られていましたが、戦時中に金属製品が回収されたため、木細工で作り直したといいます。

柱

供待ち

供待ち

当時、大店の旦那は必ずお供(運転手や付き人)と一緒に
取引先に向かった、といいます。
旦那様が商談をしている間、お供が待機していたのが、この場所。

商談が長引けば、その分お供が待つ時間も長くなります。
「立って待つのは辛かろう、雨の中待つのは辛かろう」
創業者 常次郎の心遣いから生まれたのが、この空間。
現存する京町家の中でも伴待ちを有する家屋は少ないとのこと。

お越しの際は、ぜひこちらにお掛けいただき、
当時の情景を思い浮かべてみてください。


おくどさん

当時の人たちの食生活をささえていた「おくどさん」
その上には火迺要慎と書かれた愛宕神社の火伏札と、七体の布袋さん。

おくどさん 七体の布袋さん

ここは、職住一体型の京町家における「住」の心臓部。

薪に火をくべると、火の粉が舞いあがります。
爆ぜる音、包丁が刻むリズム、立ち上がる湯気。
次第に、夕ご飯のにおいが漂ってきました。

かつて、日本中の家にもあった、なんでもない風景。
小さいころの暖かな思い出がよみがえる場所です。

おくどさん

四季を彩る庭

四季を彩る庭

茶室へと続く渡り廊下へ向かうと、苔の絨毯に彩られた庭。
日々移ろいゆく季節を感じさせる、ささやかな庭です。

渡り廊下の壁は高度な左官技術を使った「磨き壁」。
鏡面のような壁は、庭の緑が映りこむほど。

目で見て楽しむだけではありません。
空調機の無かった当時は、庭の中に水の流れをつくることで、
風を発生させて涼を得ていたといいます。
京都の暑い夏を乗り切る仕掛け。
自然の法則を心得た、先人たちの知恵を覗かせます。

レンタルスペースについて

レンタルスペースについて

ご利用をご検討の方は、一度実際にご見学にお越しください。

和樂の間(大広間)

木目の美しさが際立つ格天井、様々な木材を利用して作られた床の間。宮大工の手仕事が随所に光ります。
会合だけでなく、趣味の集いでも、コンサートなどの会場としても。多目的にご利用いただける空間です。
また、仕出しでのお食事等も可能ですので、ご希望の際は一度ご相談くださいませ。
最大収容人数は40名様までとなります。

大広間

大広間

大広間 図面

和樂の間(大広間)の基本情報

広さ 18畳
設備 ・冷暖房完備
・机 5人掛け6台
・椅子 15脚
・定点スポットライト
貸出備品 ・プロジェクター/スクリーン 1台
・掛け軸
最大収容人数 40名

常扇菴(茶室・待合)

商家にとって最も重要な空間であったのが、この茶室。
大切な客人を招き入れ、茶の湯でもてなしたと言われています。

待合となる「末廣の間」から、庭に降り立ち、蹲踞、躙り口と進むと静謐な空間が広がります。
茶会、茶事はもちろん、来客時のおもてなしにご利用くださいませ。
最大収容人数は8名までとなります。

「常扇菴」茶室

茶室2階

茶室1階 図面

「常扇菴」茶室の基本情報

広さ 12畳
設備 ・冷暖房完備
・椅子席1脚
・水屋
貸出備品 ・各種道具、炭等
最大収容人数 8名

待合「末廣の間」

待合

待合 図面

「常扇菴」待合の基本情報

設備 ・冷暖房完備
・机 1台

待合から庭を抜け、茶室へ

茶室の入口
茶室の入口
茶室の入口
茶室の入口

松風の間(離れ2階)

母屋から渡り廊下を辿ったその先には、眼下に庭を眺めることができるお部屋があります。
音や声がよい具合に響くことから、長唄のお稽古もこちらで行われています。
10~15名の少人数のワークショップ、お稽古事などにご利用ください。
最大収容人数は18名です。

松風の間(離れ2階)

離れ二階 図面

松風の間(離れ2階)の基本情報

広さ 12畳
設備 ・冷暖房完備
・姿見
・机1脚
最大収容人数 18名

レンタルスペースについて
詳細資料(印刷用)