扇子について

扇子の歴史

扇子の歴史

扇は、古来より儀式、祈願、占うために利用されていた様子が、古代エジプトの壁画からも見ることができます。
団扇の原型は、古代中国で使用されていた「翳」とよばれる物で、当時、仰ぐ道具としてではなく、位の高い人が自身の顔を隠し神秘性を高めるための道具として使われていました。高松塚古墳の「西壁女子群像」にも、高貴な女性が手にしている翳が描かれています。このように非常に古い歴史の中、団扇を折り畳めるようにしたものが扇子のはじまりです。

扇子は平安時代初期に作られたといわれています。当時、筆記用具として利用されていた木簡の片端を紐で閉じて持ち歩いたものが、「檜扇」と言われ、扇子のはじまりだとされています。その後、平安時代の中期には骨に紙を貼った扇子が登場します。5本の骨に紙を貼ったもので、蝙蝠(こうもり)が羽を広げた形に似ていたことから、「蝙蝠(かわほり)扇」と呼ばれました。
夏場は「蝙蝠扇」、冬場や改まった場所では、「檜扇」を用いるのが習慣だったと言われます。 平安時代に描かれた源氏物語の世界を表現した「源氏物語絵巻」にも扇子が使われている光景が描かれています。その後、鎌倉時代に中国へ輸出された扇子は、世界各地へと広がり、江戸時代にはヨーロッパへと広がります。ヨーロッパでは、紙のかわりに絹を張った製品や、骨に真珠を埋め込んだ豪華絢爛な製品が作られ、貴族階級の女性に愛されます。

武田信玄と上杉謙信の一騎打ちを表した絵画や像の中で、信玄が軍配を使って交わしている姿が表されているように、武将が戦禍でも用いたことがわかります。現在では、大相撲の行司が勝負の判定を指示するために用いている姿を誰もが目にしています。

源氏物語

平安時代

日本の平安時代、ヨーロッパの中世期に女性が男性に愛情を伝える手段として扇子が活用されたという文献が、世界各地で見られました。ヨーロッパにおいては、貴族階級の女性が胸の内をひそかに伝えるために、扇子を使った仕草をする「扇言葉」という文化がうまれます。古くから、いろいろな場所で、たくさんの人たちの「おもい」を伝え続けてきました。

源氏物語

日本の代表的な古典文学、源氏物語では「和歌」を扇子に載せて相手に届け、扇子にふたりだけがわかる特別な印として扇子の上に花を乗せて恋心を伝えたり、愛する者同士で扇子の交換を行ったりしています。そんなふたりをつなぐ場所に大西常商店があります。

源氏物語の著者である紫式部は、愛する人を想い、縁結びを願って頻繁に上賀茂神社へ訪れており、その時に紫式部が歌った恋の和歌が実際に残されています。紫式部も京扇子を使って雅な平安時代を過ごしました。
「ほととぎす声待つほどは片岡の 森の雫に立ちや濡れまし」

戦国武将と侍

江戸時代

人への想いをあらわす扇子は、礼儀作法を重んじる武士や侍にとって命のように大事な刀と同様、重要な道具でした。武将や侍は、刀を左腰にかけていました。これは、左側を歩くことが基本とされていた当初、擦れ違う人に大事な刀が当たらないための配慮からきています。また、戦国武将や戦国大名の間でもてはやされていたおもてなしを象徴する茶道では、茶室に入る前に刀を置いて、代わりに扇子を持って入るのが基本とされていました。挨拶の際に刀を自分の前に置いて敵意がないことを表現するように、茶室の中では扇子が刀の役割を担いました。

織田信長は、戦国武将として頭角を表す一方、茶の湯をはじめとする文化に関心を示し、茶道の創始者ともいえる千利休とともに茶の湯の歴史を塗り替えました。本能寺の変で信長が打った豊臣秀吉は、千利休に切腹を命じた程、当時の日本人にとって茶の湯は莫大な影響力を持つものだったことがわかります。

戦国武将と侍

文化

文化

現代

日本のおもてなしを象徴する道具といえば扇子。おもてなしを代表する日本文化として茶道が挙げられますが、茶道のお稽古では、まず一番初めに扇子の扱い方を習います。挨拶を行う際に、扇子を使うことは礼節とされており「できて当たり前」とされるコミュニケーションのひとつです。

扇子は無限に広がる「末広がり」の形をしていることから縁起の良いものとされ、冠婚葬祭や七五三など人生の節目となる行事の際には必ず身につけているものです。
すべての日本文化に共通していえる作法とは相手を思いやる心のことです。伝統芸能のひとつである日本舞踊でもお稽古を通じて、扇子を使った基本的な礼儀作法を身につけながら表現力を磨きます。また、「舞妓」や「芸妓」はお座敷舞を披露する際に、感情や美しい動作を演出し、歓迎の意味を扇子を使った舞で表現します。

お祭り事や収穫祭また神社仏閣等の位の高い僧侶が持たれていたそうで、扇子の骨の数で使う人の位が決められていたそうです。

日本三大祭りのひとつ京都で催される「祇園祭」や京都三大祭りの「葵祭」をはじめ、日本各地の祭りでは現代でも扇子は神聖な道具として使われています。「祇園祭」でヒオウギという植物がかならず飾られますが、扇状の葉を持つことから扇子の「檜扇」から名付けられたそうです。
神前結婚の時の十二単衣の花嫁の手に持たれる桧扇や神社などの神楽を舞ったりするときにも扇子・舞踊に使われる舞扇子が使われています。
能や歌舞伎などの古典芸能とも深い関わりがあり、登場人物は扇子を使って物語の情景や心を表現します。

着物や浴衣用の扇子は、芸術性に富み、季節や着物の柄、用途によって無限の楽しみ方があります。
和紙が手に入るようになり始めると、琳派の創始者の一人である俵屋宗達や尾形光悦・光琳らが扇絵を中心として描き、また京都に集まる多くの有名画伯の手によって紙の扇面に人物画や風景画や花や蝶や鳥・虫等を描いた絵が描かれたそうです。

祇園祭

扇子職人

扇子職人

京扇子は87回職人の手を通る――扇子の製造は、上絵や扇面、扇骨など工程ごとに職人がおり、分業体制が敷かれていることからきている言葉です。それぞれの専門家がいるからこそ、総合的に高品質な製品をお届けすることが出来ます。 職人の技が詰まった製品は長くご愛用いただけることでしょう。モノに溢れる現代社会だからこそ、本物を持っていただきたい。

文化

京扇子として認定された扇子

京扇子として認定された扇子

京扇子として認定された扇子

あなたの伝えたい「おもい」を扇子にのせて、あの人のもとに。大西常商店では、利用シーンやタイミングに合わせた扇子をご提案します。

京扇子の条件

  1. 1.京都(扇面)滋賀(竹)の材料を使用している
  2. 2.仕立てが京都で行われているもの
  3. 3.京都の扇子組合に加入しているメーカーが製作していること

扇子の所作やマナーについて

扇子の所作やマナーについて

古くから、扇子はいろいろな用途で使われてきました。涼を取るだけでなく、「こころ」を表す道具として使われることも多くありました。 敬意を払うべき相手や、貴重な品を拝見する際に、閉じた扇子を自らの前において、礼を行います。扇子を結界に見立て、相手への敬意を表しているのです。まさに日本人の「こころ」を表した、美しい動作だと言えましょう。また、扇子は「盆」として利用することもあります。お祝儀や、月謝などを渡される際は、扇の上に載せてお渡しになると、大変優雅に映るでしょう。

男女別の扇ぎ方

あまり知られていませんが、正式には扇子の扇ぎ方が男女で違います。
主な違いには握り方にあります。人によっては、持ちにくい場合もありますので参考程度にご紹介します。

男性の扇ぎ方

要の部分を握り、親指を相手側に向けて扇ぐのが
男性の持ち方です。

男性の扇ぎ方

女性の扇ぎ方

手の甲を相手側に向け、親指と四本の指で骨を挟んで扇ぐのが
女性の持ち方です。

女性の扇ぎ方

扇子の開き方・扱い方

開き方・閉じ方

開き方・閉じ方

扇子の親骨に右手をあて、左手で反対側の親骨に手を添えます。右手の親指で、扇子の骨をスライドさせるように押し広げます。
扇子を閉じるときは、左右の手をそれぞれ両側の親骨に添えて、右手のほうから骨をスライドさせるように閉じていきます。
決して無理やり閉じることなく、折り目に沿って畳んでください。

扱い方

扱い方

持ち運びの際は、扇子袋にいれるようにしてください。また、扇面の部分を触りすぎると、痛みの原因のなりますのでご注意ください。

扇子を使った挨拶・ご祝儀や名刺の渡し方

扇子を使った挨拶

扇子を使った挨拶

正座した自分の膝頭のすこし前に、要の部分を右側にした状態の扇子を置きます。
こうすることで、相手や大切なお道具などの敬意を払うべき相手に対して、結界を作り、一段へりくだった場所にいる事を表します。

扇子を使った挨拶

そして、扇子の手前に両手をついて、一礼いたします。
和服を着られるときはもちろんですが、洋服の時や、人前に出られるとき、お寺に参られる時など、改まった場所で扇子を持ってご挨拶されることは大人のマナーと言えるでしょう。