2017.07.20

<よみもの>四季をめぐる京町家のくらし 7月

7月 つばめ

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「幸福な王子」という童話をご存知でしょうか。
ある国に、王子の銅像がありました。宝石で出来た瞳に、金箔で彩られた肌。
それは豪華なもので、町中のひとたちの誇りでもありました。
ある日、エジプトに向かう途中のつばめが王子の銅像の足元で一休みしておりました。
すると、上の方からひとつぶ、涙が落ちてくるのです。
「この町には貧しくて薬が買えない少年がいるのです。私の瞳についたこの宝石を彼のもとに
届けてはくれませんか」

 

そうしてつばめは、王子のからだの一部である豪華な宝石や金箔を少しづつ貧しい人たちに
分け与えていくのです・・・・。

 

「困ったはる人には、できる限りのことをしてあげなあかん。
ツバメや王子さまみたいに、誰かに尽せる人にならんとあかんのよ。
そうせんと、あんたが困った時に、だーれも助けてくれはらへんようになるで」

 

私の母は、なみだをいっぱいに貯めた私の瞳をしっかりと見つめ、そう言い聞かせたのでした。
すっかり忘れていたこのおはなしを思い出すきっかけとなった、7月のできごとのこと。

 

絵本を読んで涙を流していた少女はどこへやら、オトナになった私は、家業を手伝ってはじめての繁忙期を迎えていました。
日々めまぐるしく動いていく商売に目を白黒させながら、やっとのことで仕事をこなす毎日。

 

得意先からの注文の電話に答えながら、何気なしにお向かいの京町家に目をやると、
和紙問屋さんのご主人が、間口をいったりきたり心配そうに上を見上げている姿が。

しばらくすると、女将さんや息子さんも出てきて何やら相談している様子。

 

何事かと思い、表に出てみると、なんと三匹ものつばめの子たちが巣から落ちているではありませんか!
ふわふわした体毛に覆われた、ちいさな体を震わせて、三匹がよりそい合い、なすすべもなく鳴いているのです。

 

ご主人いわく、カラスがいたずらにつばめの子を攫ってた拍子に親鳥たちが作った巣が壊れてしまったそう。

 

お隣の糸屋さんや、保育園帰りのおとこの子とおかあさん、そして配達に来てくれた取引先のお兄さんまでもが
何事か、と集まってきました。

「カラスにやられたかあ」
「巣がないんやし、もう救えへんのかも」
「人間の手の匂いがつくと親鳥が警戒するかも」
「巣をつくってあげたられたらいいのに」

 

おとこの子のお母さんが言ったその言葉にスマートフォンを取り出し、検索をかけるお兄さん。
「本当かどうか分からないけれど、カップ麺の容器で代用できるみたい。」

 

わたしは店の金庫から100円玉を二枚出して、スーパーへと自転車を走らせました。
着物の裾がはだけるのもかまわず、全速力でペダルを踏みました。
震えていたつばめの子たちの様子を思うと、一刻をあらそう事態に思えたのです。

 

カップ麺をもぎとるように買い求め、現場へはしりました。
すると、和紙問屋の息子さんが脚立を用意して、わたしを待っていたのでした。(正しくはカップ麺の容器を)

カップ麺の中身を出し、容器の細工をしてから、木材に固定させると、即席麺の容器ででできた即席巣のできあがり。

 

震えるこどもたちの脚を掬うように持って、彼らを即席巣に戻していきます。
私の着物の袖をつかんで離さない、マッチ棒のような脚をやさしく外しながら、一匹ずつ。

 

全員を運び終えて、ひとまず一件落着、よかったね、ありがとう、と皆が言い合う頃には、すっかり夕暮れ時に。

 

そしてその晩、大幅に遅れてしまった仕事を片付けて、家に帰る頃。
カップ麺の中でぎゅっと身を寄せ合って眠るつばめたちの姿を確認して、あたたかい気持ちになるのでした。

 

それからというものの、カラスの声を聴くと、どこからともなく近隣のお店から人が出てくるようになりました。
つばめにいたずらをするのではないか、と皆が気をつけているのです。
皆で話し合って、カラス除けのビニールひもをつけたりしました。
派手な容器の上にちょこんと顏をのせてちゅんちゅん、と元気に餌をせがんでいる姿が
なんとも言えず愛らしく、近所の子供たちも「カップ麺のつばめ」をみにくるようになりました。

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ふわふわした毛を震わせていた子つばめは
のどもとの赤い立派な大人のつばめに成長していきました。

 

それからしばらく。京都の町に祇園囃子が響くころ、彼らは南の国へと旅立ち、
和紙問屋の軒先には、家主を失ったカップ麺の容器だけが残りました。

南国の空で悠々と風を切るうつくしい羽と、燃えるように赤い喉元。

また来年、ここに戻ってくるかつての子供たちに会えるといいね。
来年はカップ麺じゃなくて、立派な巣を作ってくれるといいね、などとご近所さんたちと話し

困っている人には助けの手を差し伸べること。かつて、童話のつばめに教えてもらったことを思い出す、七月のできごとでした。

 

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